
ITビジネスで下剋上を引き起こす原理はこれだ。「ヤフオク!」をユーザ数で上回った「メルカリ」の真実
2018年に「メルカリ」の国内利用者数が「ヤフオク!」を上回りました。それまで、ネットで個人間売買をするならば、大半の人が「ヤフオク!」を思い浮かべていたのに、明らかに潮目が変わったのです。
なぜ下剋上が起きたのか?
誰しも、なんとなく感覚としては理解できても、言語化して説明できる人は多くないでしょう。そもそも、「メルカリ」と「ヤフオク!」の本質的な違いとは何なのでしょうか。
田端大学の精鋭と、ITの最前線で活躍し続けるフューチャリスト・尾原和啓さんの直接対決イベントより、ピックアップして紹介します。
尾原和啓に挑む!「純粋想起を取ってしまうのが最強」を論破せよ
オンラインサロン「田端大学 ブランド人学部」2019年10月の定例会では、塾生の精鋭と田端信太郎が、尾原和啓さんに、著書『ITビジネスの原理』の限界を指摘するという、スリリングなディベートに挑みました。
尾原和啓さんと言えば、マッキンゼー・アンド・カンパニーでキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援を担当。
以後、リクルート(2回)、Google、楽天など計14職で活躍するなど、常にITの最前線を走り、国内外の膨大な事例を知る、とても強力な論客です。
3時間を越えるイベントの中でも、焦点となった話題の一つが、「純粋想起(第一想起)」についてです。
例えば、街で電化製品を買おうとしたら、どこへ行きますか?
多くの人は、ヤマダ電機などの大手家電量販店の名前を挙げるだろうと思います。ネットならば価格コムへ行って実勢価格を調べるでしょう。
あるいは、美味しいレストランを探そうとしたら、食べログに行くだろうと思います。
こうした何のヒントや手がかりもなく、ブランド名などを思い浮かべることを純粋想起といいますが、この純粋想起を取ってしまうのが最強なんです。
『ITビジネスの原理』第1章 - Googleはなぜ勝ったのか より
「検索と言えばGoogle」というように、ITビジネスでは、純粋想起のポジションを取れれば盤石になる、という事実に異論はないでしょう。
しかしながら、ITビジネスにおいて、下剋上がつきものであるのも事実。純粋想起は、常に上書きされていきます。
事例としてあがったのが、ネットオークション最大手「ヤフオク!」と、2018年に国内利用者数で上回った「メルカリ」の関係性です。
「交渉による価格決定」「商品ラインナップ」「匿名完結」メルカリが女性ユーザの支持を掴んだ理由
田端大学の先鋒として議論に挑み、見事この日のMVPに選ばれたのが、都内IT企業に勤める渋谷 祐輔さんです。
本業でのインターネットコミュニティ運営の経験を活かし、新しい場所に人が集まってくる理由を軸にして、尾原さんが唱える純粋想起の原理の解釈を試みたといいます。
渋谷:「メルカリ」が「ヤフオク!」を逆転した要因として、「ヤフオク!」にはなかった「メルカリ」の新しい価値観の影響があるだろうと思っています。
1点目は、価格決定の仕方です。ネットオークションの「ヤフオク!」では価格を競わせるということをやっていましたが、フリーマーケット型の「メルカリ」では、交渉して、売り手と買い手が一緒に価格を決めていくスタイルをとっています。
2点目が、取り扱い商品の変化です。ネットオークションではパッケージ型の商品が多かったんですけども、メルカリは、トイレットペーパーの芯がまとめて売られていたり(編集注:夏休みの宿題で必要などの需要がある)、開封済みで使用途中の化粧品まで売られていたりします。
今までだったら「売れないんじゃないか」と考えられていたアイテムも、商品になっているのがメルカリの特徴と言えます。
最後に、匿名での取引です。出品者と購入者が、自分の個人情報を開示せずに商品を配送できるサービスがあります。
これら3つの特徴は、女性ユーザの支持を集めた要素になると思います。
メルカリがトレンドに乗れた「時代の変化」という背景
渋谷:もう一回り大きな視点で見ると、時代の変化という背景もあります。
1つは、デバイスのトレンドです。PCからスマートフォンに移り変わっていく中で、「ヤフオク!」はPCメインで使われていたイメージが強いと思うんですけれども、「メルカリ」は完全にスマートフォンで使う前提になっています。
スマホのカメラで商品を撮って、すぐに出品できる形にしていますし、価格交渉も、スマホからすぐにできるようになっています。
ターゲットの属性についても、「ヤフオク!」は中高年の男性中心というデータが出ていましたが、「メルカリ」は若年層の女性が中心です。
若い人は、友達も使っているから自分も使ってみよう、という傾向があり、衣料品や化粧品といったラインナップが充実したことで、利用を後押しする形になりました。
最後に、私たち消費者の価値観の変化です。
一昔前まで、「物は所有する」という価値観でしたが、最近になって、シェアリングエコノミーという言葉も出ましたけれども、一時利用、シェアする、といった価値観が当たり前になってきました。
あらかじめ物を売る前提で買う、という行動が出てきたりしているので、メルカリがうまくトレンドに乗れた要因だと思います。
「ユーザの欲望」こそ普遍的。最も心地よい居場所を提供せよ
渋谷:尾原さんの著書『ITビジネスの原理』にある「純粋想起を取ってしまうのが最強」というお話ですが、さらに上位の原理があるのではないでしょうか。
デバイストレンドの変化は、既存のルールを一変させます。ユーザ属性についても、ITサービスではアーリーアダプターの取り込みが大事だと思いますが、流行に敏感な若年層の女性を取ったのは大きいはずです。
「シェアリングエコノミー」「一時利用」のような価値観についても、こういった新しいバリューが、新しい動きを作っていきます。
『ITビジネスの原理』には書かれていなかった要素で言うと、「ユーザーの欲望はいつの時代も変化しない」というのは、かなり蓋然性の高い話だと思っています。欲望とは、承認欲求であり、コミュニケーション欲求です。
突き詰めると、ユーザにとって、最も心地よい居場所を提供するというのが、ITビジネスにとって非常に重要であると思っています。
尾原氏も納得。純粋想起は上書きされていく
これには尾原和啓さんも「すげぇいいんじゃないすか」と一言。
「デバイスチェンジが起こったり、新しい価値観を持った世代が生まれると、その人にとっての純粋想起を占めるサービスが現れるということで、これは正しい」と全面的に肯定します。
一方で、純粋想起が他のものに移っていく、というケースは無数にあり「純粋想起が強い」という原理が否定されているわけではないとも、言及します。
尾原:純粋想起を取れれば、その時点では最強なのは事実です。でも、物事って基本的に、忘れられるわけですよ。
例えば、40年前の人に「スカッとさわやかになりたいときにどうしますか?」と聞くと、みんなコカ・コーラと返ってくるんですよね。しかし今なら、たぶんサウナと回答する人が増えてきているんですね。
プロダクトにはライフサイクルマネジメントという考え方があって、人間というのは、周りの人が同じことをやっていたら飽きちゃうとか、時代が変わってくると、そのものの効用が、他のものの効用に遅れてくる、みたいなことが起きる。
純粋想起が奪われる、他のものに移っちゃうという事例はいっぱいあるんですよね。
純粋想起という原理が間違っているという話ではなくて、純粋想起のゲームの上で、怠ったプレイヤーが、そこをしっかり突いてきたプレイヤーに、上書きされる、という話なんですよ。
尾原:実は「ヤフオク!」と「メルカリ」の純粋想起は別物
尾原:一方で、「ヤフオク!」と「メルカリ」、たしかにユーザ数は「メルカリ」が抜きましたけど、流通総額では、どちらがどれくらい大きいでしょうか?
確かに「メルカリ」が出てきてから、「ヤフオク!」は伸びていません。でも、落ちてもいないんですね。
「ヤフオク!」の流通総額が2018年に約9,000億円で、「メルカリ」が今期(2019年)頑張っても5,000億円くらいじゃないですか。
もし、他のルールによって純粋想起の上書きがされ尽くしているのであれば、「ヤフオク!」は減っているはずなんですよ。でも減っていない。
だとしたら、実は「ヤフオク!」と「メルカリ」の純粋想起は違うものなんですよね。
わかりやすい話で言うと、「ネットでショッピングをするとしたら?」と聞かれれば、まあAmazonと答えますよね。でも、「友達に地方名産品の美味いものを買ってあげたいときに、どこでネットショッピングをしますか?」と聞かれたら、Amazonと言わなくなります。
これは何かというと、たくさん使われるようになると、人間の純粋想起のセグメントも細かくなる、という話なんですよ。
昔の人は、コーヒーはポッカしか飲まなかったところ、今の人は、リッチな気分になりたいときはスターバックスを飲むし、安く済ませたいときはセブン-イレブンで飲むというように。
だとしたときに、「ヤフオク!」と「メルカリ」の純粋想起の違いは何なのか。
たとえば、中古車のパーツって、「メルカリ」で売りますか?
あともう一つは、時間がかかってもいいから、より高く売りたいときは、どちらで売りますか? 少なくとも「メルカリ」オンリーではないですよね。
こういうふうに、市場が成熟していくと、純粋想起のターゲットになるものが、場所としてのジャンルだったりとか、そこに求める価値みたいなところでセグメントが分化していくんですよ。
売って買ってもらうことそのものが承認。メルカリの独特な経済圏の正体
ここで田端信太郎が、「メルカリを居場所にしている人って、そんなにいるんですか?」と問題提起。
これに尾原和啓さんは「いるよ!」と即答し、シェアリングエコノミーとして使われている実態を語ります。
尾原:メルカリで使用済の口紅を売るという話がありましたけど、あれはめちゃめちゃ当たり前の話で、なぜかというと、口紅は、使用面をカッターで切ってしまえば、新品のようなものですよね。
グッチとかシャネルの口紅って、みんなつけてみたいよね。でも今、日本の貧困化って激しいんですよ。
とある女性が、パーティに参加することになって、本当にいい口紅をつけたいとなったときに、1本買えますか?だってパーティって1年に1回くらいしか行かないんだもん。
でも、口紅を1回使った後に、カッターで切って、メルカリで売る。口紅は小さいので、郵送料も安いんですよね。となると、グッチとかシャネルの口紅でも、1回500円くらいで使えてしまうわけ。
「メルカリ」はシェアリングエコノミーとして使われているんです。
田端:僕がすごくおもしろかったのは、物を売るって、普通に考えたら、お金が欲しいからとか、不要だから処分するとかだったのが、実は売って買ってもらうことが、承認そのものなんだということなんですよ。
尾原:そうなんですよ。僕はときどき、メルカリを実際に利用して、ユーザマーケティングをしているんですけど。
僕ってものすごい胴長短足なんですよね、見ての通り。胴長短足に似合う背広ってなかなか探しにくいんですよ。
となったときに、胴長短足に似合う服を、一回誰かから買って似合うと、その人が売っている服は全部自分に似合うと思うじゃないですか。
こういう形で、女性の間では、連鎖するコミュニティができているんです。物の売買が成り立つ関係性って、嗜好が似ている同士だから、そこが居場所になるんですよ。
(田端大学 2019年10月17日イベントより、一部抜粋)
■議論のベースとなった『ITビジネスの原理』
■田端大学とのディベートが動機になり執筆された2020年6月27日発売『ネットビジネス進化論』
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オンラインサロン「田端大学 ブランド人学部」では、毎月、ビジネスマン必読の課題図書をベースに、プレゼンや討論で競い、MVPを決定しています。
すべてのイベントはアーカイブされており、田端大学加入者はいつでも視聴ができます。もちろん、尾原氏との激闘もフルバージョンが視聴OK。
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