
山西牧場に学ぶ農産物のブランド化~農家が「価格決定権」を持つ意味とは
あなたには、推しの養豚家はいますか?
茨城県にある山西牧場の三代目、倉持信宏さんは一度食べたら病みつきになる圧倒的なおいしさを誇る豚肉を武器に、自社牧場のブランド化を推し進めています。
SNSでの口コミを中心に認知とファンを拡大し、オリジナルブランドのベーコンやレトルトカレーは販売開始されるやいなや売り切れるほどの人気です。
しかし、そもそも農業というのは「自分で作って自分で売る」ことすら、今も一般的ではない業界。そんな中で彼はなぜブレイクスルーできたのか?ブランディングの秘密を探るべく、田端信太郎が切り込みました。
価格を決めているのは、生産者ではなかった
田端:そもそも、農家の方って自分で作ったものを自分で売っているわけではないんですよね。価格決定権も持ってない。
これって世間一般のビジネスにおいてはあり得ないことなので、まずは簡単に生産から、消費者に届くまでの流れを教えてもらえますか?
倉持:養豚の場合、出荷して、屠畜され、精肉として流通し、飲食店やスーパーなどに届けられます。
自分が出荷した豚がいくらで売れるか、というのは出荷した時点では分からず、市場に出してみて初めて値がつきます。「この豚は特にこだわって作ったから高く買ってください」ということは言えないのが基本です。
そして、自分で育てたからと言って、その豚肉を自分でそのまま売れるわけでもないのです。
養豚の場合、屠畜が必要ですが、これは屠畜場で獣医さんの許可をもって行わなければいけないので、いま僕が自社ECで売っている豚肉も、一度市場に出たものを買い戻して販売しています。
田端:え!?じゃあ、山西牧場で豚を育ててそこで捌いて売ってるわけじゃないんですね。そうなるとやっぱり屠畜の手間賃とかマージンとかが乗ったりするわけですよね?
倉持:はい。なので仕入れて売っているという点では他の小売業者さんとあまり変わらないです。もちろん仕入れ値もかかります。
「売る」ことが苦手な農家が大多数である現実
田端:農業での値段の付き方や、販売の仕組みに関しては、僕も最近ポケットマルシェの企画で全国の農家さんの話を聞く機会があるんですが、悶々としてしまいますね。
一方で正直に言うと、農家の方々自身にも、「売る」事に対する拒否反応があるなと感じる部分もあります。
先日もポケマルの企画で、海苔の養殖を体験させてもらいました。
僕らが普段何気なく食べているものも、こんなに大変な思いをして作っているのかとすごく驚いたのですが、生産者の方に言わせると「作ることはできても、売るほうがよっぽど難しい」らしいのです。
倉持さんはどうですか?
倉持:やっぱり売るのは難しいですね。
僕も含めてですが、農家ってそもそも直販が当たり前ではないんです。直接消費者の方に届けるにも、そのやり方が分からない人が多いと思います。
僕も、自分で売りたいと思ったものの、最初は何をやっていいか全く分からず本当に手探りで、豚肉を持って飲食店に飛び込み営業に行ったりもしました。
どうしても工数や手間がかかるので、生産に加えて直販まで、というのは気乗りしない方もいると思います。
田端:今の仕組みだと色々な制約が多くて、農家って最もブランド化しにくい業界だと思うんですが、逆にブランド化できたらすごく広がるなとも思っていて、僕は今の農業って可能性の宝庫だと思っています。
相場に左右されるのではなく、「美味しさ」を正しく評価される道へ
田端:倉持さんが既存の常識の枠を超えて、直販に乗り出したのはなぜですか?実際のところ、周囲からの反対などもあったと思いますが。
倉持:賛否両論はたしかにありました。
僕が直販したいと思ったのは、自分がコントロールできないものに依存している状態ってすごく危ういなと考えたからです。相場が毎日変わるので、販売価格もそれに応じて変わってしまいます。
そして、どれだけこだわって美味しい豚肉を生産しても、美味しさで評価されるとは限らないという現実もあります。
山西牧場では先代のころから、美味しさにこだわって生産をしていますが、「美味しい豚肉といえば山西牧場」として人々に知ってもらうためには、今のままのあり方ではいけないな、と考え、直販ブランドの構築に踏み出しました。
「食べてもらえば分かる」までの壁を乗り越えた、”レトルトカレー”
田端:実際に直販をしてみてどうでした?最初からうまくいきましたか?
倉持:いえ、最初は本当にダメでした。何をやっていいか分からないので、手探りで、色々なことをやりました。田端大学に入学したときも、豚肉を売るためのヒントを何か学びたいと考えていました。
豚だけじゃなく、農産物の良さって、実際に食べてもらわないと分からないんですよね。
自分たちが作っている豚肉の美味しさには絶対の自信があり、「一度食べてもらえさえすれば勝てる」と思っていたんですが、この「食べる」までのハードルがめちゃくちゃ高いんです。
そもそも認知されていなければ、選択肢にも上がらないですから。
とはいえ、生肉持ち歩いて配って回るわけにもいかないし、どうしようか考えた末に「レトルトカレー」を思いついたんです。
山西牧場の豚肉の美味しさを感じてもらえるようなカレーを作って、それを名刺代わりに配りまわりました。出先で生肉をもらっても困るけど、カレーなら喜ばれるし「一回食べてみるか」と思ってもらえると考えたんです。
※山西牧場「豚角煮カレー」が生まれるまでにエピソードは倉持さんのnoteにまとめられています。
https://note.com/nobuymnsfarm/n/n35cad37f36af
それがだんだん口コミで広がっていって、山西牧場と検索してもらうと、「カレー」が表示されるようになるくらいには認知を得ることができるようになりました。
そして、カレーをきっかけに、山西牧場の精肉も食べていただき、私たちの豚肉の良さを知ってもらえたかなと思います。
この豚角煮カレーはレバレッジ(てこの原理)を効かせた良い事例になったのではないかと、自分事ながら思っています。山西牧場の名前を知ってもらう大きな武器となってくれました。
ブランド化したければ、「出荷しない自由」と「価格を決める自由」を手にすべし
田端:レトルトカレーの良いところの1つが、日持ちすることですよね。豚に限らず野菜や花も、相場の価格が安かろうが生き物だから「出荷しない」という選択肢をとるにも限界がある。
全然儲けはでないけど、売らざるを得ないという状況になってしまっているという話もききます。
その点加工品は強い。「今はちょっと置いておこう」とか、「この値段以下だったら売らない」といった主導権を生産者・販売者側でコントロールできます。
倉持:まさにその通りだと思います。売らない自由がないとか、価格決定権がない状態では身動きが取れないので、「自分がいくらで売りたいのか」を提示できる権限を持つことは、すごく重要だと思います。
ブランディングのお手本は、異業種からも学べる
田端:一次産品に限らずですが、マーケティングや経営の話の半分って、実は値決めなんですよね。値決め、プライシングがきっちりできて、なぜその値段なのかを自分で語れるようになったら、仕事は半分以上終わっているようなもんですよ。
ほとんどすべての論点が、値決めをする中でカバーされてるんです。値段を決めている時点でおのずとターゲット層も決まるようになります。
ところが、自分の生産物に対して値段をつける感覚を、農家の方で持っている人は正直少ないですよね。市場で決まるものだから受け入れるしかない、という感覚の人が多いように感じます。
倉持さんは、そのマインドチェンジはどうやったんですか?
倉持:まずは、本から得た知識です。田端大学に入って営業やマーケティングの本を読むようになったんですけど、そこから得た知識をフルに活用しています。売らないと潰れるという危機感があったからこそ、読んだ本の内容は全て吸収するつもりでした。
昨年、読んで良かった本を選んでみた
— Nobuhiro Kuramochi | 豚野郎 (@yamanishifarm) January 12, 2020
・僕らはSNSでモノを買う
・「いいね」を購入につなげる
・ブスのマーケティング戦略
・苦しかったときの話をしようか
・ファンベース
・グラビアアイドルの仕事論
・読みたいことを、書けばいい。
↓ pic.twitter.com/N40Bbth15b
加えて、実際に消費者の方、お客様と対話できたことですね。今でも近しい人に食べてもらい感想や率直な意見を聞くようにしています。
また、養豚とは関係ない業界ですが、BOSEやAppleなどの売り方は参考にしました。事業規模も内容も違いますが、成功しているところから学べることはたくさんあると思います。
田端:それはすごく良い目のつけどころですね!山西牧場さんの商品って箱やシールにもすごくこだわっていて良いなと思います。
豚の生産なんだからBOSEなんて関係ないと考えるんじゃなくて、ブランドを作るというというのはどういうことなんだと掘り下げて考えられているなぁ、と。
倉持:ありがとうございます。また、AppleやBOSEからは、値引きやキャンペーンを制御することで、ブランドを希薄化させないという姿勢もならいました。
売れなかったからこそ、「売る努力」をしなければ物は売れないことに気づけたし、買ってもらえる喜びも感じられた
田端:倉持さんはTwitterに載せる写真一枚でも、すごく意識されているなと思うんですが、これってある意味で自分の商品に対して客観的とも言えますよね。
「これだけ手塩にかけて育てているんだから、写真映りがどんなだろうが美味しいに決まってるじゃねーか」みたいな気持ちにはならなかったんですか?
倉持:直販をはじめた当初、全く売れなかったときに学んだことがたくさんあります。自分ではすごく美味しいと思っているんですけど、他の人には魅力がうまく伝わらないことは少なくありませんでした。
マルシェに持って行っても全く売れず、一日棒立ちで過ごした日もありました。だからこそ、売る努力をしないとものって売れないんだなと気づけたことは大きかったです。
でも、よかったのは自分から営業に行くという経験をできたことですね。自分で動いてお客様と繋がることができたので、買ってもらえたときの喜びもひとしおでした。
田端:値付けってすごく怖いんですよね。どんなものでも「これで受入れてくれるかな?」という恐怖心はついて回る。
だからこそ買ってもらえたときっていうのは、認めてもらえたようですごく嬉しくて、素直に相手に「ありがとう!」と頭を下げたくなる気持ちになります。
倉持:すごく分かります。一つの商品が売れることの喜びを知れたことはとても大きな収穫でした。
-- 終 --
このインタビューは2020年5月11日に田端大学で開催されたイベント「「豚野郎」倉持さんが語る「三右衛門」ブランドができるまで」の内容をもとに再構成しております。
「美味しい豚肉といえば、山西牧場」ーおわりに
さて、ここまでお読みくださった皆様。山西牧場の豚肉は食べたことはありますか?SNS上にもファンが多く、「#山西牧場」と検索すれば、ユーザーがこぞって山西牧場の豚肉を使った料理の写真をアップしています。
(*こちらは筆者が自宅で食べた山西牧場の豚バラ)
今、SNSを見ると、「すごく人気なんだな」「ここの豚肉は美味しいんだろうな」そんな印象を抱く方が多いと思います。筆者自身、Twitterでの盛り上がりを見たことをきっかけに購入した一人です。
元から人気のあったものなのだと勝手に思い込んでいましたが、実際には、一つ一つ手探りで、試行錯誤の上に積み重ねていったもの(それもこの数年間のうちに)だったのだと、今回改めて知ることができました。
どんなに美味しいものも、どんなにこだわって作ったものも、知ってもらえなければその魅力に気づいてもらえない。
これは農産物に限らず、全ての商品・サービスに共通する原則ですね。
田端大学では、様々な業界で活躍している人と田端信太郎の対談イベントがzoomで開催されています。この「BIG WAVE」でも、都度記事化してアップしてはいますが、記事として出てくるのは実際の内容の1/3以下です。
もっと具体的に知りたい!という方は、ぜひ田端大学にご入学ください。塾生は過去のアーカイブ映像も全部見られます!
文:但馬 薫
参考リンク:山西牧場オンラインストア
<Twitter>Nobuhiro Kuramochi
<note>豚野郎マガジン